天台宗について

宗祖伝教大師である最澄は、天台大師智顗の教えを極めたいと願い、桓武天皇の援助を受けて還学生(げんがくしょう)として唐に渡りました。中国天台山に赴き、修禅寺の道邃(どうずい)・仏隴寺の行満に天台教学を学び、典籍の書写をします。その後禅林寺の翛然(しゅくねん)より禅の教えを受けられ、帰国前には越州龍興寺で順暁阿闍梨から密教の伝法を受けられます。こうして、円密一致といわれる日本天台宗の基礎をつくられたのです。


延暦24年(805)に帰朝してすぐに、高雄山寺で奈良の学僧達に日本で初めて密教の潅頂を授けるなどして、入唐求法の成果を明らかにされました。

 

当時、「仏に成れるもの、仏に成れないものを区別する」という説もありましたが、最澄は、「すべての人が仏に成れる」と説く『法華経』に基づいて、日本全土を大乗仏教の国にしていかねばならないとの願いが募り、『法華経』の一乗の精神による人材の養成を目指しました。

天台宗の加盟寺院

Z62_6487.JPG

大谷寺

PR文

ウェブサイト
A7R08123.JPG

光音寺

PR文

ウェブサイト
Z62_4162.jpg

光徳寺

PR文

ウェブサイト
1617335844945.jpg

西光寺

PR文

ウェブサイト
Z62_4056.JPG

善願寺

PR文

ウェブサイト
1617335844945.jpg

長命寺

PR文

ウェブサイト
A7R08131a.jpg

東福寺

PR文

ウェブサイト
A7R08168a.jpg

宝泉寺

PR文

ウェブサイト
Z62_4068.JPG

宝蔵寺

PR文

ウェブサイト